幸せを決めるのは、、得たものじゃなくて、失ったものの 大きさかも

目安時間 2分

スマホの地図で、ウクライナ見てみました。
 
黒海の上、アルメニアやジョージアの近く。
 
なんとも、大雑把な捉え方しか
できないですね。
 
もう、世界の広さを考えたら、
今の暮らしなんで、砂つぶみたいなもの。
 
でも、人間って、大したことできないんです。
 
世界のどこかで戦争が起こっていても、
今日の晩ご飯は何を食べよう、なんて
 
なんの違和感もなく、
考えること、できますから。
 
別に、それに対して、
罪悪感を持て、なんて話じゃないですよ。
 
人は、自分の幸せを築くだけで、
精一杯なんだ、ということです。
 
 
数年前に、バイクで交通事故に遭って、
(自分でガードレールに突っ込んだ)
1ヶ月半ほど入院したんです。
 
もう、人生観変わるくらい、
いろんな経験しました。
 
手術の後、麻酔から覚めるとき
苦しくて、ホント、死んでもいいって
思ったくらいでした。
 
車椅子生活も送ったし、
長い長い病室での一日を経験しました。
 
でも、終わってみたら、
何だったんだろうって、
 
 
所詮、終わる苦しみだったわけです。
では、何が違うのでしょうか。
 
それは、喪失感だと思うんです。
 
ボクは、事故で入院しましたが、
労災で、お金は一銭もかからなかったし、
大きく失うものはなかった。
 
幸福を決定づけるのは、
得たものじゃなくて、
失ったものだということです。

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